毎日の星読み 2024年07月06日

<2024.07.06星読み>

 今日の星のこころです。

 蟹座新月です。蟹座の月は、自分の大切なものが安全であるように守りたい気持ちがはたらきます。

 8時前に、その蟹座の中で、月(無意識)と太陽(意識)が重なり、はじまり、誓いを立てるときを迎えました。

 牡牛座の火星は、安定感のある粘り強い生命力を与え、また魚座の土星は、人の心が満たされ、穏やかであることを現実化する方向性を指し示して、月と太陽を援助しています。

 いのちのエネルギーに満たされている繭に、いま守られているようなイメージです。



 わたしたちはいつでも何かにつかまっているのかもしれません。たとえばそれは人間であること、男であること、女であること、職業、趣味や考え、年齢相応であること、年齢よりも若くあることなどさまざまです。

 多くの場合、わたしたちはつかまっているものを視点のはじまりにしているように思います。わたしたちが人間であることにつかまることは、この世界や社会をはじめとするさまざまを人間という視点から見ることであり、それは飛行機の視点でも、テントウムシの視点でもないはずです。だから、わたしたちは身近な草花にアブラムシがたくさんいることをうれしいなあと考えるよりもむしろ、駆除剤をまくことを選択するかもしれません。

 わたしたちが人間であるのなら、人間という視点をもつことは不思議ではありません。でも、切り取られた人間という独立した個体はどこにもありません。原子や分子を見れば、わたしたちを構成するものも別の動物や自然を構成するものも同じであることがわかります。人間用の炭素があるのでも岩用の炭素があるのでもなく、あるものから別のものへと移り変わりながら宇宙の永遠のパズルをつづける中で、なぜだかわたしたちは人間である視点を選ぼうとしているのかもしれません。

 じっさいのところ、わたしたちは人間という在りかたをつうじてなお、その視点を豊かに拡大させることも可能なのかもしれません。いのちという視点はわたしたちの内にあるものからはじまりながら、けっしてわたしたちを個別に切り取ることなく、世界のあらゆるものとのつながりに気づかせてくれます。また、想いの相互作用という視点は、わたしたちが発するものを投射している世界を見ることを可能とし、そこにもまたひとつのつながりを見ることができます。

 もしもわたしたちが何にもつかまることがなかったなら、わたしたちはどこかに落ちていってしまうのでしょうか。もしかしたら、わたしたちはどこにも落ちてしまうことはなく、あらゆるものがわたしたちを支えるものであることに気づくのかもしれません。何ものでもないとき、わたしたちはほんとうにすべてなのかもしれません。何かをつかむ手を失うことは、ほんとうは、何もつかむ必要なくすべてとひとつであることなのかもしれません。

 かぎりのないわたしたちを見るとき、わたしたちはあらゆるものへの愛を何よりのよろこびと感じられるのかもしれません。今ここにあるままに、それは何より豊かなよろこびなのかもしれません。

もういちど魂として生きる
繭につつまれる安心の中で
無限の存在であることの安寧

コンジャンクション「蟹座の月 ✕ 太陽」蟹座新月
セクスタイル「蟹座の月と太陽 ✕ 牡牛座の火星」
トライン「蟹座の月と太陽 ✕ 魚座の土星」