毎日の星読み 2024年10月07日

<2024.10.07星読み>
今日の星のこころです。
月は蠍座から、のちに射手座へ移動しています。
蠍座は、ゆっくり関係を深めていく象徴です。蠍座の月は、大切な何かと一体となるために、今までの自分の一部を消しながら内側にある見えない世界をとことん集中して探求することで安らぎます。
蠍座の月の想いは、海王星の支援を受けて広がり、冥王星の支援を受けて深まります。
そのあと8時半すぎに、月は蠍座から射手座へ移動しました。
射手座は自由を求めて上へ向かい、現状を越えていこうとします。広い世界へのあこがれをもち、全体性を知ることを求め、ここではない未来に向かって飛び立ちます。
こころに灯る情熱を力強く放つようなイメージです。
わたしたちの情熱は素直な想いとひとつとなるほどに、力強さとなって表現されるように思います。ためらいを感じるよりも確信を感じることが、いらだちを感じるよりもよろこびを感じることが、ずるさを感じるよりも誠実さを感じることが、わたしたちの情熱にとって何より大きなはたらきであるように思います。
わたしたちは多くの場合、明瞭さよりも不透明さとして出来事のさまざまに向き合っているかもしれません。ものごとの結果は見えず、ものごとに対して何をすればよいのだろうか、どんな選択がもっとも正しいのだろうかと考えることはめずらしいことではないように思います。どこまでいっても、わたしたちはものごとのすべてを見通すことはできません。わかっているかのように思い込むことはできても、それは宇宙のなかのひとつの原子が見えているほどのものかもしれません。
わたしたちは知ることの価値を大きくとらえ、知らないことの価値を忘れているかもしれません。老子ではあらゆるものごとのはじまりを玄(はかりしれないもの)のまた玄と表現しています。神秘のさらに奥深くにある神秘を、いうまでもなくわたしたちは知ることはできません。無限から生まれたごく一部のものを通じて無限を説明することはできません。説明できないというもの、知ることができないというもの、はかりしれなさというものの前にあって、わたしたちは何も知りえないという選択以上のたしかさを見出すことはできないように思います。
なぜここに出来事が起こるのか、それをわたしは知らない。出来事がどんな結果をもたらすのか、それをわたしは知らない。何がもっともよい選択なのか、それをわたしは知らない……。わたしたちが知らないとどんなに主張してみても、出来事の止まることはなく、あらゆる変化がわたしたちを含んだままに起こりつづけます。川の流れが自然の調和から外れてしまうことはないように、出来事の流れもまた自然なままのもっとも調和した流れを自らの内にもっているのかもしれません。わたしたちが知らなさのたしかさを受け入れるとき、わたしたちはその流れの調和のひとつといえるかもしれません。流れの調和とひとつであることは、わたしたちとずっと大きなもの、わたしたちと玄のまた玄がひとつであることといえるかもしれません。
わたしたちの確信とはわたしたちが知らないということであり、わたしたちのよろこびとはわたしたちのはたらきがいつでも全体の流れとひとつであることであり、わたしたちの誠実さとは流れが分け隔てのない愛であり特別はどこにもないことを受け入れることなのかもしれません。そしてこれは、あらゆる瞬間、今まさにわたしたちがいる場所そのもので起こり続けているはたらきです。
わたしたちは確信をもち、よろこびと誠実を生きています。目を向けて何かを見るとき、頭をつかって何かを考えるとき、それを忘れているかもしれません。でも、わたしたちはいつでも流れとひとつです。わたしたちは、自らの確信とよろこびと誠実の大きなはたらきでさえ見ることも知ることもできないままにそれを成しているといえるかもしれません。回りつづけるコマには何も余計な力を加える必要はありません。わたしたちにできるのは自らの内の知らないはたらきをただ信じることだけかもしれません。でもそれは、きっと大きな力であるように思います。
紐から情熱を受けとり 廻るコマ わたしの手をはなれて 永遠のように 力強く

トライン「蠍座から射手座へ移動する月 ✕ 魚座の海王星」
セクスタイル「蠍座から射手座へ移動する月 ✕ 山羊座の冥王星」

