毎日の星読み 2024年09月26日

<2024.09.26星読み>
今日の星のこころです。
月は蟹座です。蟹座の月は、自分の大切なものが安全であるように守りたい気持ちがはたらきます。火星と重なることで、強いバイタリティを受け取ります。
月は、魚座の土星から、人の心が満たされ、穏やかであることを現実化する方向性を指し示す援助を受けます。
17時すぎに、水星は細やかな視点で完璧をめざす乙女座から、天秤座へ移動しました。天秤座は周りと広く関わり、調和することを重視します。天秤座の水星は、手元を見ていた視線を上げて、周りをよく観察します。
とらわれてしまっている思い込みみたいな、引力のようなものから離れていくようなイメージです。
わたしたちは出来事や物事、アイディアなどにおいてさまざまな見かたをすることができます。それぞれについてふさわしい見かたを探しているように考えていても、もしかしたら、根っこのところには同じ土台があるかもしれません。たとえば独創的な考えをいくつも思いつくことができると思っているときも、同じ土台から飛び出している方向には、そんなにちがいはないのかもしれません。わたしたちが進んでいるのは、もしかしたらひとつの方向だけかもしれません。
今わたしたちは、年齢や性別によってできることがちがうと考えられていたときよりも、もっと自由にものを見ることができます。それは、ある意味においてはすべてに特別をもたないことでもあるように思います。わたしたちがほんとうの自由な見かたとひとつになることは、土台までゆさぶって、土台をすっかり壊してしまうことさえ厭わないという態度なのかもしれません。
わたしたちはどこまで自由に見ることができるでしょうか。たとえば、男性や女性だからという考えを通りぬけた先で、人間という条件をも通りぬけることはできるでしょうか。個人というこの身体をはじまりとする土台さえもたずに見ることはできるでしょうか。じっさい、わたしたちは目に映るすべてが変わりのない原子や分子の集まりであることを知っています。当然のように主観としているわたしたちの身体も、ここにある景色と何ひとつちがった特別ではないことを知っています。わたしたちの個人の身体という土台は、ほんとうに壊すことができない土台でしょうか。それとも、さまざまな価値観と同じように、壊れてしまうことをを受け入れられる土台でしょうか。
わたしたちのすべての土台が壊れるとき、それが何を見ることを可能とするか、ほんとうのところはわかりません。でも、わたしたちのすべての土台が壊れるとき、その主観となる視点は誰においても等しくむけられるものであるような気がします。わたしたちは目に映るものすべてとなって、ものを見る視点をはたらかせ、ここにあるひとつの身体だけではなく、すべての原子と分子のよろこびを願い、またそのよろこびをよろこぶことができるように思います。
土台をもたないわたしたちはどこにも飛ぶことができないのではなく、けっして何にもとらわれない自由なすべてへと向かう見かたとひとつなのかもしれません。限りのないわたしたちとひとつなのかもしれません。
水の中 ことばは泡になって あがってゆく 水になでられながら 上へ上へ はこばれてゆく

コンジャンクション「蟹座の月 ✕ 火星」
トライン「蟹座の月 ✕ 魚座の土星」
水星は乙女座から天秤座へ移動

