毎日の星読み 2024年10月19日

<2024.10.19星読み>

 今日の星のこころです。

 月は牡牛座です。牡牛座の月は、しっかりとした土台を求め、安定性に安心感を感じます。

 月は、天王星と重なって、気づきを与えるエネルギーを受け取ります。

 月と天王星と火星と海王星は協力しあっています。

 蟹座の火星は、自分のテリトリーにある守るべきもののために力強く生きる生命力をあたえています。また、魚座の海王星は、あらゆる人がいるということに思いをはせ、人の心が満たされ、穏やかであるように見守る意識をあたえています。

 自分のペースで段を上がっていくようなイメージです。



 優秀な人もいればそうでない人もいる。活発な人もいればそうでない人もいる。懸命な人もいればそうでない人もいる。誠実な人もいればそうでない人もいる。それぞれをグラフのように考えて、それじゃあわたしはどこに位置するのだろうかと自分の評価を探すことはめずらしくないかもしれません。でも、自分が劣っていると考えるのはいやだし、ひっこみ思案だったり、ぐずだったり、嘘つきだと考えるのも嫌だと思えば思うほど、自分の評価を高くするために、自分よりもずっと低く位置する人々はたくさんいないだろうかと探しはじめるかもしれません。

 わたしたちは自らを見つめるのに、誰をふみ台にする必用もありません。じっさい、自らをはじめとするどんな評価も、わたしたち自身が生み出し、それに価値と意味をあたえないかぎり何のはたらきをもたらすこともありません。朝焼けと夕焼けのどちらからも、わたしたちは同じように太陽の美しい輝きを感じることができます。朝焼けと夕焼けにそれぞれ点数をあたえたとしても、その点数のちがいに何か意味はあるでしょうか。

 わたしたちひとりひとりに必用な道があたえられていると考えるなら、その道はけっして他の誰かとくらべることはできません。どこか別の場所に美しさがあると考えているかぎり、わたしたちはつねに自分の居場所は美しくないと考えつづけることになります。もしもわたしたちが自らの存在そのものを神聖で輝きに満ちていると受け入れるとしたら、わたしたちはどこに在って何をしているときも輝きとひとつです。さらにその目をすべてに対しても同じように向けるとき、わたしたちは何を見るときも、どんな関わりにも同じ輝きとふれあいます。

 たぶん、わたしたちにとって疑問となるのは、わたしたちがほんとうに神聖な輝きであるかどうかということです。高い評価を受ける何をもたなくても、苦しみに耐えて自らを変えた経験がなくてもその価値をもっているだろうかということです。ここには何の証明もなく、どんな証拠もありません。でも、わたしたちの道をわたしたちが歩くこと以外、その道に他のただしさはありません。わたしたちの道を歩くわたしたちに神聖な輝きを見ないとき、きっと、どこにそれを見ることもありません。誰ももっていない神秘を開花させる必要も、まったく別の存在に変化する必要もありません。あらゆる評価も判断ももたないで、ここに在る自分の神聖な輝きを認めることが、何より自らの神聖な輝きに光をあてることであり、それを見出すことであるように思います。

 わたしたちは劣っていて、ぐずで嘘つきかもしれません。でも、神聖な輝きに満ちているのです。わたしたちは優秀となり、誠実になることがあるかもしれません。そこに満ちているのもまた、今とまったくかわらない神聖な輝きです。

暑さ残る気温にも
10月はやってきて
金木犀の香りがやってくる
時を知る女神にはこばれて
たしかにめぐる

小三角「牡牛座の月と天王星 ✕ 蟹座の火星 ✕ 魚座の海王星」